

テーマはメルヘン🧸
メルヘンとは、空想的・非現実的な物語や世界観のこと。私たちは、空想や非現実という言葉で、子どものころ見ていたはずの、あの「現実」をいつの間にか終わらせてしまいました。それが大人になった、ということなのでしょうか。
しかし、この演奏会では、パストラルかぞの座席にいるはずのあなたが、幻想的な世界に……おもちゃの世界……?! あるいは本を読むように音楽から空想を膨らませる時間になるかもしれません。
大人になった私たちは、『もう戻れない』のでしょうか。少なくとも、同じ本を読み返し、また違った見え方も楽しめるような、そんな演奏会になるはずです。
最後の最後までお楽しみください🌌
プログラム
第1部
酒井格
メルヘン
酒井格
お花たちのパーティー!
酒井格
森の贈り物
第2部
P.I. チャイコフスキー/黒川圭一編曲
《くるみ割り人形》より 花のワルツ
井澗昌樹
ドールズ・コレクション I 〜おもちゃの兵隊と〜
県立熊谷女子高等学校
アンサンブルマジョリティ部
奥本伴在
サーカスハットマーチ
久石譲/小島里美編曲
人生のメリーゴーランド
東海林修
ディスコ・キッド
第3部
Fukase/黒川圭一編曲
Dragon Night
R. ロジャーズ/宮川成治編曲
私のお気に入り
N. パジェット
ジャーニー・トゥ・ファンタジースプリングス
A.メンケン/星出尚志編曲
塔の上のラプンツェル・メドレー
鈴木英史編曲
アナと雪の女王2メドレー(合同演奏)
プログラム・ノート
酒井格作曲
メルヘン
実際に曲を聴いてみると、タイトルから受ける印象とは少し違った雰囲気に感じられるかもしれません。アミューズメント・パークのようなワクワクする雰囲気を中心に、でもときおりガヴォット風の舞曲やワルツと、多彩な音楽が次々と展開していきます。わずか4分足らずのなかに、多様なスタイルの音楽が宝箱のように詰め込まれた世界観こそが、まさに「メルヘン」なのでしょう。
今回の演奏会の幕開けを飾るにふさわしいこの1曲が、皆さまを酒井格、そして「メルヘン」の世界へといざないます。
酒井格作曲
お花たちのパーティー!
作曲者の酒井格氏は、大のドライブ好きとしても知られています。日本一標高の高い公道である乗鞍スカイライン(岐阜県高山市)の終点、畳平(たたみだいら)の情景をもとに書かれた《お花たちのパーティー!》Op.62は、主題と5つのバリエーション(変奏)からなる変奏曲です。
標高2,700mを超え、森林限界を超えた高山帯に広がるお花畑の光景は、平地とは大きく異なります。色とりどりの花々が咲きほこり、そこには高山動物たちも姿を見せていることでしょう。満天の星空には天の川やベガ、アルタイルなどが燦然と輝きます。時の移ろいとともに刻々と変化してゆくお花畑の様相そのものが、まさにひとつの「パーティー」なのかもしれません。
当団のドライブ好きたちによるソロにもぜひご注目あれ!
酒井格作曲
森の贈り物
舞台はぐんと南下し、鹿児島県の屋久島へ。縄文杉をはじめとする巨木がそびえ立つ、深い森の物語です。
神秘的な精霊の歌声で幕を開けると、森の長老による語り、生き物たちの賑やかな行進、そして森を襲う激しい嵐……。その後には、再び元の美しい風景が広がります。前作《お花たちのパーティー》に続く作品番号(Op.63)を持つ本作でも、鳥のさえずりや水のせせらぎといった自然の音が散りばめられています。
「豊かな森が、これからも守られていくことを願って」作曲された本作ですが、実は発想のきっかけは、委嘱団体のOBである「レガシーに乗った森さん」だったのだそう。本日の演奏では、当団の「某S社関係者」と「S社の車に乗っている森さん」とがソロを務めます。
P.I.チャイコフスキー作曲/黒川圭一編曲
バレエ音楽《くるみ割り人形》より“花のワルツ”
バレエ《くるみ割り人形》は、クリスマス・イブに人形を贈られた少女クララの夢の物語です。兵隊人形たちとねずみの大群の戦いや、王子へと姿を変えた人形に導かれる「お菓子の国」への旅が幻想的に描かれます。
なかでも「花のワルツ」は、チョコレートやコーヒー、お茶、トレパック(ロシアの踊り)、そして葦笛といったお菓子の精たちが次々と踊りを披露したあとの、クライマックスを飾る場面で演奏されます。砂糖菓子のバラを手にした金平糖の精の侍女たちが華麗に舞うこの曲は、一説にはマリーゴールドの花をイメージしているとも言われています。
チャイコフスキー自らが編んだ演奏会用組曲でも、最後を締めくくる本作。作曲家の数ある名曲のなかでも屈指の人気を誇るこのワルツを、本日は新たな編曲によりお届けします。
井澗昌樹作曲
ドールズ・コレクションⅠ〜おもちゃの兵隊と〜
この作品が持つ深淵なメッセージをひも解くには、作曲者自身の言葉を借りるのが最も相応しいでしょう。
女の子にとって、飯事(ままごと)は慈愛に満ちたものだったはず。男の子にとって、戦隊ごっこは真に勇気と誇りを懸けるものだったはず。私たちが抱いていたぬいぐるみは生きていたはず。そこには、温度を持った感情があったはず。
大人になったから虚構だと気付いたのではなく、それらを虚構だと切り捨てたから、私たちは大人になった。一種のノスタルジアだろうか。然し乍ら、人はどうして、その豊かな想像力を失うのだろうと寂しく思う。
スコアの所々に記された「王女の庭」「おもちゃの兵隊」などの語句は、私の個人的な記憶。解釈の端緒になるならとの思いから、そのまま表記しているが、特にストーリーがある訳ではない。思い出はいつも断片的で、脈略など無いのだから。(井澗昌樹)
スコアに記されている語句は、順に「王女の庭」「ファンファーレ」「レジスタンス」「恋に落ちて」「おもちゃの兵隊」「もう戻れない」。そして、英語の副題が“Pieces of My Toy Soldiers”(私のおもちゃの兵隊の破片)となっている点も実に意味深長です。
唯一無二の解釈を求めないこの作品は、聴き手の数だけ異なる表情を見せるはずです。パストラルかぞに居合わせるひとりひとりの脳裏に去来するものは、果たして……。
